句集

第三句集『涼しき無』(ふらんす堂)

第三句集『涼しき無』(ふらんす堂)

自選十五句
通帳と桜貝あり抽斗に
ぶらんこを押してぼんやり父である
忘るるなこの五月この肩車
星光は闇払へざる氷かな
スカイツリー見ずや冷たき缶集め
子にほほゑむ母にすべては涼しき無
駅前に人は濁流秋の暮
列聖を拒みて鳥に花ミモザ
抱きとめし子に寒木の硬さあり
疫病が来るよ猫の子雀の子
ぬぐふものなくて拳や米こぼす
パンのみに生くると決めて卒業す
ふるさとに舟虫走る仏間あり
あれはみなしごの水筒月の川
部屋にゐて世界見通す寒さかな

児童文学


『そらのことばが降ってくる』(ポプラ社)

 教室に行けず保健室に通うソラは、俳句が大好きな同級生に巻き込まれ、俳句会に参加することに。気鋭の俳人が描く青春小説! 

評論


『究極の俳句』(中公新書)

 俳句では、たった十七音しか使えない。だから俳人は劇薬を扱う化学者の注意深さでもって、言葉の一つ一つを吟味し、どう組み合わせれば最大の効果を与えるかを戦略的に思考する。俳人とは疑りぶかい言葉の化学者なのである――。俳諧を芸術へと高めた芭蕉以降の数々の名句を味わいながら、その根底にはつねに、常識への批評精神にもとづく新しい価値の創造があったことを明らかにする。俳壇の気鋭による創見に満ちた俳句論。 

『どれがほんと? 万太郎俳句の虚と実』(慶應大学出版会)

虚と実のはざまにたゆたう普遍的な詩情を、卓越した言葉の芸で生み出し続けた久保田万太郎。
だが、いままでは「下町の抒情俳人」と評して安んじて、他の近現代の俳句にはない万太郎俳句の「言葉の力/巧みな芸」を言葉で掬いあげることが叶わなかったのではないだろうか。だれもが感受するその特質と危うい魅力を、俳句の本質に迫りつつ、はじめて論じきった若手俳人の画期的評論。